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2008年05月10日

あの歌の背景

さて、こちらはうてたまの会。
本日は、「藻よし」の、あの歌も含む、鎮歌について
漢字研究者の白川静さんの言葉ヨリ引用です。

「漢字は天帝と神との交通手段であった」という白川氏の対談集から
対談相手は、一打目にも登場(引用)、漫画家岡野玲子さんです。

+ + + 

白川 日本の陰陽道というのはね、中国的な陰陽五行の思想の全体からいうと、非常に狭められた、或る面だけが強調されておる。特に陰陽道が日本でやかましくいわれるようになったあの頃の主たる問題がね、生霊とか死霊の問題、そういう霊が出て来るという、そういう問題ですわね。日本では特にそういう点が古代から厳しくいわれておったんで、例えば『万葉』の中にね、人麻呂がたくさん歌を作っとるんです、長歌なんかも作っておる。
そして、人麻呂が作った歌の中にね、行き倒れを弔う歌が九種ある(略。讃岐は「讃岐の狭岑島に、石の中に死れる人を視て」)。そのうちに吉備津・讃岐の一種は長歌ですが、長歌でもなかなか力作ですがね、そういう長歌の形式で葬るというのは、大体皇族に対する弔いの歌、そういう時には長歌を作るもんですよ。だけどそこらで野垂れ死にした采女だとか旅人だとか、そんな風な者に長歌で葬るというようなことは、ちょっと異例なことですね。これは行き倒れが持っておる霊というものがね、その土地全体に災いをする、だから歌を献じて、浄めて、祓って、その霊を消してしまわないといかんという考え方があった。それで人麻呂がああいう風な挽歌を作っておる。人麻呂が作った挽歌といえば、それ以外では皇族方だけです。
 普通の場合には挽歌というものは作らん訳ですね。そういう歌まで作って葬るというようなことは、特定の人でなければしない。ところがそれを、どこかの采女が行き倒れした、或いは水に身を投げたという風な弔いの歌としてね、おそらくは持統朝の命を受けて、人麻呂が作っておるんだろうと思いますね。遊部(あそぶべ)という、そういうことをやる職掌の部族がおった、彼はその中の一人だと思う。その職掌柄、そういう鎮魂の歌を作っておる訳ですね。だから行き倒れのような、いわゆる非業の死・横死の霊に対する畏れというものが、非常に強かった訳ですね。そういう風なものが平安朝にまで、ずっと跡を引いておる訳です。
 ところが平安朝の場合には、そういう不慮の死ではなくてね、人間的な愛憎の結果殺されるという、いちばんいやらしい死に方をしておる人の、そういう霊に対する畏れが、この陰陽道の盛んになる気運を招いたのと違うのかな。
岡野 人間がいきなり自信を失ってしまった感じがしますね。

白川静「みえるもの・みえないもの─「境」のふしぎの出来事」『桂東雑記Ⅰ』p301-303、平凡社
強調は引用者による

+ + + 

さて、今はどのような時代なのでしょう?  
タグ :人麻呂
Posted by たま平 at 21:22Comments(1)TrackBack(0)★うてたまの会

2008年04月29日

玉はパチンコ玉に限らず・・

こちらは、うてたまの会。
玉はパチンコ玉に限りませんよ~。

本日は、松岡正剛さんの『新版 空海の夢』(春秋社、2005)
からの抜粋です。

+ + +

古代日本語の異様な力とは、概念が概念をよぶところにある。
それは漢字が導入されてもなお活力を失わない。
タマは玉であって魂であって霊であって偶であり、
ウツは空であって全であって移であって写であって映であった。

松岡正剛、『新版 空海の夢』「言語の一族」p50、春秋社より

+ + +

まだ、読み終えていませんが、
空海の一族、佐伯氏、サヘキ氏は、
この古代日本語、コトダマをあやつる一族であったのでは?
という、松岡セイゴーさんの問いかけは面白い、ですよ。

と、次回のコースの準備です。そう次回のコースは…
ってまだUPしてませんでしたね(^_^;  
タグ :空海
Posted by たま平 at 20:03Comments(0)TrackBack(0)★うてたまの会

2008年04月21日

うてたま設立!?─P台は宇宙への窓

「うてたまの会」設立に際しまして、
わたくしの敬愛する岡野玲子さんの漫画
『ファンシィダンス』5巻(小学館文庫、p213-217)より
テキストの引用をお届けします。
今日ぱらっと開いたらパチンコのページでした。

「うてたまの会」次の動きを乞うご期待!
予測不能

+ + +

もし真理とゆーものが存在するとすれば
それはすべてのものに等しく存在するものだってね
愛とかココロとか霊とか不安定なものじゃなくて
はっきりと持てるもの
きみにもぼくにも 犬にもネコにも
ミミズにも ある

生きているものだけじゃなくて 無機物
イスやパチンコ台や石ころにも共通してあるものだと思うんだ

それはミクロコスモス─原子の世界まで行けば見つかる
カタチは球 ウゴキは円
そしてそれは マクロコスモス─星の世界にも共通する

ぼくは台と対面した時 ここに宇宙を見る
原子の世界と 星の世界と 両方だ
マンダラよりもはっきりと宇宙を見る

はじき返されるパチンコ玉
落下するパチンコ玉の描く自由曲線
無作為のこの動きが僕を魅了して止まない

玉の動きは自由自在だ

パチンコ台は宇宙への窓なんだ
  
Posted by たま平 at 23:46Comments(0)TrackBack(0)★うてたまの会